久しぶりに小説を書こうとして、ずいぶんとなまっていたらしいことを知った。
全然書けない。
ほかに色々やることがあってちゃんと時間が取れていないというのも、あるにはあるのですが。
どうにも影響を受けやすい人間で、その文章を書くときに一緒に摂取する音楽や映像に露骨に影響される。
これは何も書くときに限らず、文章を読むときにもBGMをセットでインプットしているような節がある。
この作家にはこのバンド、とある程度決まってしまっている気がする。
摂取、という言葉には耳という文字が二つ入っていて、つまりはそういうことなのかなあと思ったりします。
意識、という言葉には音という文字が二つ入っている、という話が出てきたのは西尾維新の『零崎曲識』だったか。
思考の枠組みが変わってきたのか、それとも環境や状況が変わってきたのか、実力が衰えたのかネタが枯渇したのか。
昨日買ったヘッドホンアンプで音楽でも弾きながらのんびり考えたいと思います。
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