2月5日午前3時40分読了。
実は2011年初読書書。
レポート用のテクストや哲学書、新書は参考部分のみ読んでいたので。
「論考」は通して読みましたが前後のおまけは読んでませんし。
難しい難しい言われている円城塔ですが、今作は比較的まともな部類だったように思えます。
『後藤さんのこと』は全6話+αの構成。
以下、各感想。
■『目次』
去年の2月の暮れに受験会場の大学の売店でこの本を見かけ、この『目次』を見て僻地にもかかわらず大ウケしてしまった覚えがあります。ちなみにその大学には落ちました。
新しいスタイルの小説というか、これは発想の勝利。ちなみに「全6話+α」の「α」の要素はおそらくこれ。
各ページを解析する目次というアイディアは漠然と私の頭の中に昔からあったので、それが顕現されているのはなんとなく嬉しかったですね。
内容は比較的抑えめ。さすがにスタイルがアレなのでストーリーのほうはぶっ飛んではいませんが、『「A」というA』の構図が苦手な方には読みにくいかも。
強烈な感情は抱きませんが、じわじわする。
■『後藤さんのこと』
表題作。
1ページで笑った。爆笑した。多色刷りの小説は見た目にもインパクトがあって楽しいですね。「刺すね。」タイムパラドックスをそんな形でぶち壊されたらたまらんわ。
読んだ限り『後藤さんの皮の性質について』が一番ノった。色をつける意味、視覚効果に訴えるという試みと、円城塔のこねくり回す理念がぴったり一致している。これはなかなか見事。その後に出てくる『まだら』もまたうまい。
落ちは酷い。いいぞもっとやれ的な意味で酷い。まあそんなのこの人のデフォルトか。
題名から佐藤探知機ゴーグルとか連想した人は十回くらい読んで憤死すればよい。
■さかしま
後で知ったのですがフランス文学でこういう作品があるそうで。
冒頭でふざけすぎ。むしろそれによる安定感なのか。「気分が悪くなったら冒頭へ」と繰り返す以上は確かに妥当な試みでしょう。
『Boy's Surface』の2話目にどことなく似ているように感じられたのは、やはり何かどこか別な空間・世界を想定しているから。それとも『Boy's Surface』の4話目にどことなく似ているように感じられたのは、その別世界を航行しているような浮遊感があったから。『self-reference ENGINE』にもこんな話があった気がします。雰囲気だけで語るなら。
この人の中にはなんとなくこういうイメージはあるのだろうなあ。
個人的には00章ラストで『01章、10章、11章』のどれかに飛べという分岐が現れた時「うわっ11章もあるのか」と思ったのが後でそれが2進法だったことに気付いた瞬間が何とも言えず爽快でした。やられた。
■考速
これは純粋に楽しかった。というのも、似たようなことを考えていた時期があったからかもしれません。
「考える速度は考える速度を抜けるか」
いや、むしろ、
「筆記と思考の速度」
こちらにまつわる話は高校時代に妄想していた覚えがあります。言葉遊び全開なのも相まって今回の中では一番好きな話。西尾維新や清涼院流水に比べてずっと綺麗で、それ以上に、どこか開き直っている感があるというのがよかった。言葉遊びは火薬であって銃でも弾丸でもない。
電車の中で一気読みした覚えがあります。これは勢いに乗って読んでしまうべき。
■The History of the Decline and Fall of the Galactic Empire
打って変わってこちらはずいぶんとまあネタに走ったこと。
元ネタの把握ができない人間なのでパロディは苦手です。
こちらはそれでドヤ顔してないだけまだましか。
好きな人はどれかしら好きそう。
このごろの円城塔の悪ふざけっぷりを抽出した感じでしたね。
■ガベージコレクション
これ! 図書館で雑誌借りたのに受験で忙しくて読まずに返してしまったから悔しかったんですよね! 今回収録されててよかったです本当。
スマートなシーンにはどうしてこうもチェスが似合うのでしょうね……というか手順を逆にたどるっていうのは持ち駒が使える将棋じゃ難しそう。時間経過とともに間違いなくコマの絶対数が減っていくチェスならではということでしょうかね。ちなみに囲碁で一部分の局面を逆読みするのはよくあるようですが、明確な『王手』が無いため終局図からの逆再生は不可。
講義でエントロピーを教わっていなかったら何が何やらという感じでしたでしょうが、逆にエントロピーを知っているとそれだけで何かわくわくする話でした。
ところで時間の「逆」については私は大森荘蔵の論文の衝撃が未だ抜けません。全部読んでないのに。
題名のセンスも素敵。
ただ「ガベージ」のイメージはもっとわかりやすくてもよかったんでないかな。
■墓標天球
なんでこう円城塔作品のラストは毎回世界を巻き込む壮大な話になるかなあ。
素敵すぎる。
「時間の流れ方」の違いの話は『self-reference ENGINE』を連想せざるにはいられませんね。何度か似たようなフレーズも出てきたような?
「保存は連続的な創造」のフレーズが天啓すぎる。
立方体の展開図のような、ああいったフィギュアが出てくると驚きがより鮮明になるなあと思いました。
球体でも円でもなく循環する図ができるのは漫画版『数学ガール』上巻の虚数平面から円が出てくるのを見たときの衝撃に近かった。
SFさというのなら今回最たるもの。
「時間」を尋常でない仕方で切り貼りしているわけですからそうなるか。
ある意味『オブ・ザ・ベースボール』にも見られるような氏の原典なのか。
こういうSFは邪道はあるのでしょうが、あまりにSFらしいという意味においては間違っていません。むしろ恋愛や推理以上にネタの尽きつつあるSF業界にとってはここまでやってくれないと光が差し込まないのかも。
なんというかこれはラストに向かうにつれ明らかに鼓動が高鳴るのを感じた。
それは私の心臓でもあるしこの作品自体の脈動だったのかもしれないし、この本そのものの活力だったのかもしれない。
「階段」を使うあたり、『階段は途中で消えてしまったよ』というフレーズを思い出さずにはいられない。
羽が舞い散る様というのをここまで幻想的に描けるのは氏の作品では意外でした。
脱帽。
○総括
遊びに走ったな! というのが第一印象。そういうわけで前2作より対象の裾野は広がっていると言えるのではないでしょうか。なんて愛くるしいんだ。
SFらしさと文学らしさと氏の遊び心。
これまでは三つがぐっちゃになっていたのがだんだんと解き解され、円城塔の武器の数は結局的に増えているのだなと思いました。
どうでもいいのですがアジカン後藤氏はこれを読んでどう思うのだろう。読者はゴッチのことを想像しながら読むのは不適切ですのでやめましょう。その他著名人非著名人の後藤さんを考えながら読まないほうが身のためです。まあ小説なんてみんなそんなもんですよね。
あ、初めてまともにレビュー書いた。(
[3回]
PR