忍者ブログ

i want you more like somebody.

2026.02┃ 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28
HOME日常の記事
2026-02-04-Wed 11:50:21 │EDIT
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

2013-04-21-Sun 23:50:32 │EDIT
気が付くと懐古している。
今の新入生が昔の自分にダブり、そのフィードバックで今の自分を昔の先輩に重ねて見ている気がする。


上級生の方が自分にしてくれたように自分が下級生にするという難しい意識。
そのままその通りにすることはできないし、それでは不正確的であると思う。
自分はいつでもただ気の赴くままに力の及ぶ限りにできることをしているだけであって、そこに何か配慮が入る余地などは果たしてあるのだろうかなあと思う。


先輩ぶるつもりは毛頭無いのですが自分の一挙手一投足が捕えられる危険を秘めている気はしている。
自分の中に残っている上級生の方々のイメージを、これからやってくるところの後輩たちに見せることはできるだろうかと思う。
それはできれば、自分にまとわせてではなく、自分を通過して遠くを眺めるような形で。


とりあえず主体が年長者側にあるようではいけないのだと思います(体育会系な体制に喧嘩を売るわけではありませんが)。
しかしあまり好き勝手にやらせるわけにもいかない厄介なところ。
それでも、上級生が構ってちゃんに堕することだけは避けるべきだと思う。

拍手[1回]

PR
2013-04-17-Wed 22:55:51 │EDIT
院生の方と人違いに遭った。

他大からやって来てくださっている先生が非常に期待を寄せていた人物は私ではなかった。
申し訳なさと至らなさと何か憤りのような不甲斐なさと、とにかく色々ショックではあった。

これから自分がどのような道に進むにせよ、例えばもし精進を選ぶのであれば、自分は○○をやっている者である、と、そういう紹介ができるほど専門的な知識や思考をアイデンティティとして獲得する必要があるのは、およそ間違いない。
それは何に関してもそうだろうと思う。
それこそ趣味に関してさえ。
きっとそういう自己形成を選ばない人も同じくらい多数あるのだろうけれど、自分ならばきっとそれが言えないことに耐えられないのだろうと思う。

○○の専門家です、という言葉は危うさも持ち合わせていますが非常に強力であると思う。
それはある意味では虎の威を借る狐と変わらない名義への依存的な状態なのかもしれないけれど。

何か一つにかけて先んじるということとその他すべてにおいて劣るということはまったく同一の内容ではないと思う。
今の自分にそれができるだろうかと思う。
つまり、あれこれと手を出しては何にも長けることができずにいる今の自分は一体どういう者であるといえるのだろう?

自己形成を余所に託すこと、例えば趣味は何である、最近読んだ本は何である、よく聴く音楽は、よく見る画家は、などといった言葉を使うことが、どこまで本質的にその人を表しているだろうか、ということは(やや僻みを含みながら)疑問ではある。
一方でその人が確かに残した功績や業績は消えるものではないし主観と客観で価値の変わる通貨でもないはずだと思う。
過去の栄光に縋るのは愚かだと知っていながらもそれを無視してその人物が測れるだろうかとも思う。
結局人間一人理解するだけでずいぶんと大変な作業。

そういう社会。
改めて、生き残れるか不安になった感じがしました。

拍手[0回]

2013-04-15-Mon 23:39:03 │EDIT
卒論の題目報告書を提出し、講義に出ても下級生の学年が一目でわかるようになってしまった大学最終年。
長かったなあとか短かったなあというよりも老いたなあ衰えたなあという印象のほうがなぜか強い。


自分の話がどこにも届かないということに気づいてから長い。
最近ではそれも多少は通用する有用なものなのかもしれないと生意気にも思えていたりする。
それは最上級生としての余裕か、それとも居座る老害への辟易としてそうさせられているのか。


将来的なものはいまだ見えず、大学院という言葉を盾にポーズだけ勉強しているフリをして、その実何をしているわけでもないままここまで来てしまった。
院試に落ちてそのまま死んでしまえばいいとさえ思う。
きっと。


こういう日だからなのか珍しくやたらお酒を飲みました。
帰りの電車の中での記憶がほぼないのはおそらく昨晩眠っていないせいでしょうが、飲み会の最中の出来事をはっきりと完全には思い返せないというのはなかなか不思議なものです。


自分が下級生だったころに見上げた上級生は一体どんなだったかしら。

拍手[0回]

2013-04-13-Sat 23:57:31 │EDIT
従弟の勉強を先月あたりから手伝っている。
今日が四回目。


従弟はなかなか知識がしっかりしていて社会・理科あたりの語句問題はけっこう強い。
一方で応用的なものに弱いというある種典型的なタイプ。
あと言葉が弱い(叔母談)


よく父親が息子に自分の達成できなかったことを託すという構図で夢を掲げさせるような話がありますが、もしかしたらそれに近いところがあるのかもしれない。
私は中学受験していませんが大学受験負け越しましたし……
現段階で知識や意欲のある彼と、自分が彼程度の年齢であったころとを想起し比較してみたとき、どうしても彼の側の延長線上にはより素敵な未来を見出してしまうのは、いったいどこまで謙遜(もしくは自己嫌悪)のさせることなのか。


まあもっぱら私にそういう意味でのプレッシャー(?)を放ってくるのはその6つ上の従妹のほうだったりしますけどね!
学歴コンプというほど立派なものでない、学習意欲コンプみたいなものであるのだと思う、自分。



余談ですがこの記事のタイトル打ち込んだ直後に大森荘蔵の論文の内容思い出してやっぱりTKのセンス哲学的な意味で凄いわって一人で吃驚してました。

拍手[0回]

2013-04-12-Fri 23:59:07 │EDIT
1年次よく会っていた学科の知人と久々に授業で一緒になった。
いやこれまでにもたびたび教室や構内で顔を見かけることがあったのですがなぜか互いにスルーしてしまっていた。


あちらさんに本を一冊貸していたままになっていたなあと思いながらかれこれ2年ほどの空白。
久しぶりに会って第一声が「本借りっぱなしだった」だったので向こうもどうやらぼちぼち気にかけてくれていたようだったのですが、そうなるとどうにもこれまでスルーしてしまっていたことが気まずくもなる。
まあお互い様なのでしょうかね。
あと実際問題大学構内歩いていてすれ違う程度の刹那にコミュニケーション開始の糸口を掴めるほど私人間できてない。


この大学生活、至極まっとうにまじめに真剣に勉学に取り組んできた(のであろう)あちらさんの顔が不思議と直視できませんでした。
堕落し続けた私とは見比べるべくもなく、惨めさすら感じるような、まあこれも一種の自意識過剰。
きっと。


貸していた本は円城塔『self-reference ENGINE』の文庫版でした。
貸し借りの切れ目が縁の切れ目にならないといいね、とかなんとか。

拍手[0回]

カレンダー
01 2026/02 03
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
プロフィール
HN:
赤鯖
年齢:
34
性別:
非公開
誕生日:
1991/10/06
職業:
大学生
自己紹介:
自分のためでない、他人のためのコミュニケーションを心掛けたら、孤立した。
最新CM
[07/12 NONAME]
[02/02 柊月]
[09/25 蒼幻]
[09/25 加代]
[08/22 柊月]
フリーエリア
カウンター
Powered by 忍.jp Design by Alphaあるふぁ
Copyright © 2006 人並にユーモアが欲しい。 Some Rights Reserved.
http://hit73humor.indiesj.com/%E6%97%A5%E5%B8%B8/?pageNo=8
忍者ブログ[PR]